院試の口頭試問でやらかした話
朝、いつもより早く起きる。
髭を剃り、剃り残しがないか念入りに確認してからシャワーを浴びる。
風呂場から出たら体を拭き、髪を乾かし、スーツに着替える。
その日は他大院の口頭試問であった。
一体どうやってボコボコにされるのか。
不安という名の鉄球を鎖で足首に繋がれても尚、そいつを引き摺り都心へと向かったのだ。
会場へ着くと待合室に通された。
そこに待ち受けていたのは恐らく志を同じくするであろう、スーツを着た男女数名であった。
彼らは、敵になりうる私に目もくれず、手に持ったA4の紙のみを見つめ、呪文のようにひたすら何かを呟くのみであった。
暫くすると、1人、また1人と彼らは席を立ち、待合室から消えていく。
戦場に向かっていくのだ。
「どうかここから時が止まってはくれないだろうか。」そう願ったのは私だけではないはずだ。
願いも虚しく私の番が回ってくる。
ドアは4回ノックする。2回ノックはトイレの個室にする時だと偉い人が言っていた。
部屋からの返事を聞いてから入室、3名の面接官に受験番号、名前を伝える。
「始めてください」の合図で、入学後に行う研究についてプレゼンテーションをする。
ここまでは順調であった。
そう、ここまでは。
面接官A「それではお座りください」
私「失礼致します」
面接官B「それでは質問に入らせて頂きます。まず、研究内容やその意義については伝わったんですが、そもそも何故この研究がしたいと考えるに至ったんでしょうか。」
私「はい。大学3年で履修した天然物化学の授業で(ry」
B「ありがとうございます。」
A「私からは実験についての質問です。その物質の機能解析をするとなった時、どのような実験を考えていますか。」
私「(ry」
A「なるほど、それは〇〇先生の研究室じゃできなさそうだなぁ…。何か別な方法は考えてない?」
私「現段階では見当がつかないので、入学後勉強したいと考えております。」
A「分かりました、ありがとう。」
C「憶測で構わないのだけれど、実際にその物質はどういった機能を持ってそう?」
私「い、いえ、全く見当がついておりません…。」
終わった。畑が違うとは言え、自分が如何に勉強不足かという事実を見せつけられている気がしたのだ。
頭が真っ白になった。
目の前は真っ暗になった。
そんな私に追い討ちをかけるが如く、面接官は続ける。
B「君は得意科目に分子生物学と書いているね。そしたら…、PCR法について説明してもらおうか。」
私「はい。えー…。」
なんということだろう。ここで止まってしまった。
化学が得意だという高校生に「じゃあ中和滴定について説明して。」というのとなんら変わりのないレベルだと言うのに。
言うなれば頭の中で完成していたパズルが崩れてしまったような感覚であった。
原理、実験手順と、しっかり整理されていたものが、バラバラになってしまったのだ。
ピースを1つずつ拾い集めるかのように説明を始めたが、一体何を言っているのか自分でも分からなかった。
救いは、質問をしたBから手助けを頂いたことだろうか。
そこから詳しいことはあまり覚えていない。
サークルで何していたかとか、そんな感じのことは聞かれた気がする。
残ったのは、「終わった。落ちた。もうお婿にいけない」という感情だけであった。
期待せずに合否通知が入った封筒を開けたら何故か「合格」の2文字が書いてあった、というのは別のお話である。
ここが初めての院試であったこともあり、ここで学んだことも多かったと思う。
口頭試問には思っていたよりも多くの準備が必要であったり、何より自分に「大学院は勉強よりも研究をする場所」という感覚がどこか無くなっていたことを思い知らされたのだ。
今後他大院に進学する人がここを見るとは到底思えないが、アドバイスするとしたら「院試の準備に"しすぎる"ということはない」と言ったところだろうか。筆記の対策は勿論のこと、配属希望先の教員の論文はしっかり理解しておくといいだろう。
私みたいに恥をかく人間が今後現れないことを願う。